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<うつ病の研究史 〜精神分析的観点から〜> V. 現代社会における悲哀 死因別統計によると、自殺による死亡者数が交通事故による死亡者数よりも多いということが以前から知られていたのですが、最近では現代の社会情勢を反映しての自殺者のさらなる増加が問題になっています。また精神科以外の診療科を受診する患者さん達の中においてもうつ病の患者が増加している、うつ病の遷延例が増えているといったことが久しく問題になっています。それと並行するかのようにして、境界性のパーソナリティ障害を中心としたパーソナリティ障害、摂食障害、手首自傷などの衝動的自己破壊的な行動といった問題を呈する人たちの増加が精神医療現場で重要な課題になっています。日本精神分析学会でも境界例と自己愛(パーソナリティ障害)に関する多数の演題が毎年報告されています。逆に、古典的な神経症の症例が減少し、精神分析的なアプローチのトレーニングの対象となる症例に出会うことが簡単なことではなくなっています。 こういった時代の流れを眺めてみますと、おそらく次のようなことが言えるのではないでしょうか。 従来は対象喪失体験からの悲哀と喪の過程を神経症形成によって自己の症状として苦しんでいた人たちが、現代では悲哀を神経症症状の形で心の中に、(部分的であるにせよ)コンテインすることを放棄して、行動によって他者の心の中に強引に押し込もうとする人たちが増えてきているのです。つまり神経症からパーソナリティ障害へと精神病理水準が移り変わってきているのです。 抑うつは悲しむことに耐えられないために起こってきている病理的な事態です。悲しいことを悲しむことは健康なことなのです。このことは当たり前のことのようですが、最近の世の中の風潮として「うつ」という気分を「おちこむ」、「へこむ」という表現で気軽に口にされてしまいやすいようです。逆説的に、悲しいという言葉はいまや深刻なニュアンスが強くなりすぎて日常語として遠ざけられている傾向にあるのかもしれません。私たちは悲哀、悲しみに対してとても傷つきやすくなっているのでそれを忌み、排除しようとしているのかもしれません。 精神科や心療内科の受診も、こころの痛みの手軽な痛み止めを期待されてのことがしばしばあります。もちろん幸か不幸か抗うつ薬にはそのような都合のいい効果はありません。たとえば私は抗うつ薬を処方するときは、「自律神経の疲労を回復し、睡眠を確保する効果のあるお薬です」といった説明をします。 |