賀来メンタルクリニック

福岡県福岡市中央区薬院4-1-26 薬院大通りセンタービル弐番館2Fメディカルフロアー

心と体を取り戻すための語りと癒しの場
理事長・院長 賀来博光 (精神保健指定医、日本精神分析学会認定精神療法医)

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うつ病とは


うつ病の研究史


精神分析入門

<うつ病とは>


V 不安と罪悪感

 私たちはいつも何らかの気分の中にいるわけですが、その気持というものは、不安・罪悪感・抑うつの水準や程度、その防衛のあり方によって決まると考えてよいのです。そして不安・罪悪感・抑うつのあり方を決定するものは生の本能と死の本能の相互関係です。私たちはおそらく出生前から死の本能に曝されています。それが私たちに解体・壊滅の不安や死の不安をもたらします。死の本能が不安をもたらすのです。生の本能によって死の本能が充分に緩和され制御されているとき、希望・思いやり・感謝の気分の中で自由で創造的な思考を働かせることができるのでしょう。逆に死の本能が優勢なときは、迫害不安/迫害的罪悪感/迫害的抑うつ感が未分化な形で体験されます。
 この情緒発達の流れが明瞭になってきたのは、まずは、クライン(1948)の解体・壊滅不安−迫害不安−抑うつ不安という不安の変遷、発達論に端を発します。そしてグリンバーグ(1992)は罪悪感もまた同様に生下時から存在するものであるという後期のクラインの認識をを取り上げ、原初的な罪悪感を迫害的罪悪感として概念化しました。それで、罪悪感もまた迫害的罪悪感−抑うつ的罪悪感−もっとも成熟した形態の罪悪感としての「思いやり」、という発達をたどっていくことが明確になったのです。
それからさらに、悲哀の排出による迫害的抑うつ感の認識が可能となりました。精神病水準のうつ病では対象喪失をもたらす現実の認識の断片化と排出が、内因性のうつ病では悲哀の無意識的な排出が、パーソナリティ病理に基づく抑うつ状態では悲哀の意識的な行動による排出が起こっており、その程度に応じて迫害感がともなうことを明らかにしています。こうして抑うつ感もまた悲哀そして感謝に向かって成熟し発達する情緒であることが示されました。
迫害的罪悪感と抑うつ的罪悪感というこの2つの罪悪感の観点から精神病理の理解が一層深まります。
技法論的なことに触れますと、この観点から見た治療の目標は迫害的な罪悪感を解消して抑うつ的罪悪感を育てることにあると思います。迫害的な罪悪感の基礎には病者が対処することのできなかった破壊性の感覚、つまり、怒りや恨み、依存することによって対象を破壊してしまったという感覚があります。病者はこうした感覚に耐えられないためにこれらの傷ついた対象を心の中から排泄しているのです。それが迫害的な性質を持って回帰している訳ですから(そういう意味では迫害的罪悪感の目標は自己懲罰、自己破壊ということになります。よいものは何も生み出さないのです)、これらの破壊的な感覚を自己のものとして自覚することが必要になるのです。自覚して初めて抑うつ的罪悪感の体験が可能となり償いの仕事・悲哀の仕事が進展することになります。

ここでフロイトの「悲哀とメランコリー」に戻りましょう。フロイトはメランコリーに見られる自己非難、自責感をアンビバレントな愛情対象との自己愛的同一化/とり入れ同一化で説明しています。現代的な観点から見るとこの自己非難、自責感は迫害的罪悪感の一型と考えてよいのです。この場合、自己愛的同一化をしている対象に対する怒りは自覚されておらず無意識的です。メランコリーが解消されるとき、この対象に対する怒りが意識されこの対象は廃棄されるのです(その後に償いのプロセスが働けば理想的なのですが、現実には肛門的な廃棄と口唇的なとり入れとを繰り返すことが多く、そのために躁とうつを繰り返し続けることになるのです)。自己愛的に同一化された対象に対する憎しみがもっと激しくて投影同一化されるときには、外からの非難としての罪業妄想を形成することになります。統合失調症の場合と異なるのは、抑うつの場合の対象は傷ついた対象であって、迫害的罪悪感にせよ罪業妄想にせよ、この傷ついた対象からの迫害であるということです(統合失調症の場合の対象は、よい対象も悪い対象も断片化され、自我の断片超自我の痕跡、さらに現実の断片とともに凝塊を形成した奇怪な対象です。統合ではなく凝集であり、アンビバレンスではなく混同なのです)。

 この心的メカニズムは精神病性ないしは内因性のうつ病者ではなくとも、神経水準の人達にもしばしば生じています。

 治療のプロセスの中で、何らかの攻撃的な行動化が治療者に向けられることがあります。これは、フロイトが「罪の意識から罪を行う者」として解明しているように、いまだ無意識的な迫害的罪悪感の結果としてのことがあります。前概念としての無意識的迫害的罪悪感が行為とつがって現実化(realize)するのです。つまり、現実的な行動化により無意識的であった罪悪感が意識的なものとなるわけですから、そこから抑うつ的罪悪感−償い−悲哀の仕事が展開していくようになる場合があるのです。

 クライエントが攻撃的になったときに大切なことは、治療者は患者の攻撃に対してもちこたえ、決して報復しないということです。治療者は患者の攻撃が万能的に破壊的であるという信念を現実化させてはいけません。そもそも患者にとっては、治療関係の中で怒りや依存といった感情を確実に体験し、それでも対象としての治療者が壊れないという経験が治療的には必要なことなのです。そうでなければ再び迫害的な罪悪感を強化することになってしまいます。

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