賀来メンタルクリニック

福岡県福岡市中央区薬院4-1-26 薬院大通りセンタービル弐番館2Fメディカルフロアー

心と体を取り戻すための語りと癒しの場
理事長・院長 賀来博光 (精神保健指定医、日本精神分析学会認定精神療法医、スーパーヴァイザー、日本精神神経学会認定精神科専門医、指導医)

精神科・心療内科・神経科・漢方診療
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うつ病とは


うつ病の研究史


精神分析入門

<うつ病とは>


U 早期の心的発達について

抑うつ態勢、妄想態勢、躁的防衛についての、とくに部分対象言語を駆使した解説を致します。ここではその要点となるべき事柄を通常の言語水準に近づけた形で概観しましょう。
 妄想−分裂態勢から抑うつ態勢に移行するときに生ずる対象の統合と、こうして認識されるに到った傷ついた対象に対する抑うつ的罪悪感からの償いの仕事と対象喪失・悲哀の仕事がどのように関係してくるのでしょうか。
 自己と対象の分離の認識が確実に成立する以前の自己愛的な段階では、自己愛的理想化過程と悪い自己・対象関係の分裂排除の過程が活発で、とり入れ過程はいまだ発達しきれていません。自己と対象がかなり未分化なままですから、そこで展開している心というものは、空間的にも心的現実と物的現実の区別という点でもいまだ未発達なままです。それは通常の私たちが体験している心的体験とは異なった具象的・身体的な世界ですし、時間軸に沿った体験も不可能なのです。
 運動・知覚・統合の機能の発達やよい体験の積み重ねとともに、乳幼児のよい自己−対象関係部分が優勢となっていき、悪い自己−対象関係部分を統合・支配することができるようになります。愛情の成長とともにとり入れが一層可能となり対象の統合が起こってくると、乳幼児は自己愛的に万能的に理想化されていた愛情対象を自分自身が傷つけていたことを認識することで、それまでの理想的な愛情対象を脱錯覚とともに失うことになります。この新たに認識するに到った傷ついた愛情対象のとり入れと内在化が、哀悼つまり償いの作業とともに始まることになります。つまり抑うつ態勢下における対象の統合と償いの作業は、まさに乳幼児が初めて体験する喪の過程での悲哀の仕事なのです。主体の攻撃が激しかったためによい母親対象の損傷が大きいと、それは傷ついて恨みを向けてくる対象として主体に迫害的罪悪感をもたらし、哀悼も償いの作業も停止します。実はこのメカニズムはもっと早期の部分対象関係の水準での乳房との関係でも起こってくることにクラインは後で気づくようになります。
 この自己愛的万能空想を失うことは、現実と心の世界の区別に直面することであり、自己愛的に理想化された原初的な愛情対象との一体化の空想が現実検討され破棄されることです。そうして自己の心的世界と対象の心的世界が別個のものであることに直面し、自己と対象との分離が認識されるのです。そのプロセスには怒り、孤独感、空虚感、脱現実感、抑うつ感、悲哀感などの抑うつ不安感情を伴います。そして全体対象としての愛情対象の内在化とともに、自己の心的世界(心的現実・心的空間)がよりよく成立します。大人の通常の心である象徴的な思考の世界が発生し、象徴を使って考えることが可能になります。つまり、心を取り戻すのです。

心を病む人は、治療者が自分の激しい攻撃にも依存にももちこたえていることを体験するようになってから、治療者をtoilet breast/コンテイナーとして利用できるようになっていきます。そして治療者の解釈という理解は、心を病む人が象徴的に考えることにとって必要な乳房なのです。治療はその後、社会的な秩序や価値という象徴的な父性性の確立へと進展していくことになります。早期エディプス葛藤の段階から後期エディプス葛藤のワークスルーに向かっていくのです。

 しかしながら、このような自分が自分という独立した心の存在であるという認識に耐えることは決して容易なことではありません。心は妄想−分裂態勢に退行して固着しようとするのです。病理がより重篤な人の場合は心的世界の拒否、心そのものの解体と排泄がおこり二次的平面的な体験でさえも不可能になってしまいます。

母親によるコンテイニングが充分でなかった場合のひとつの重篤な帰結が、皮膚による心を包む機能の欠損です。このような人たちは立体的な心的空間が未発達なままなのです。対象との関係は二次元平面的な付着同一化です。対象喪失体験は妄想−分裂態勢を経過することなく、ただちにカタストロフィックな体験を引き起こします。悲哀を置いておく心のスペースがないのです。ですから自我支持的なかかわりとしての共感と安心づけから、罪の感情と懲罰の恐怖、万能感、自己愛的な防衛の解釈へという技法的な変化が必要となり、日常生活の中での人間関係を素材として内的対象関係が展開されるようになります。そうして治療者はコンテイナーとしての役割が可能になり、防衛解釈、抵抗解釈、転移外解釈を中心とした介入を続けることができるようなっていきます。その結果患者の内的対象関係の迫害性は減じて、クライエントの心の中にはよい体験を含みこむスペースが成立してくるのです。そうして初めて「罪悪感をもてる能力」つまり抑うつ的罪悪感をもつことが可能となるのです。

 ストーリー性に乏しい原始的な思考の特徴は、ビオンの提示したグリッド上におけるC水準思考にも充分には達していないことにあります。(つまり、A、B水準思考/具象思考およびアルファ要素)。

 思考の生成と発達の流れをこの文脈で整理しますと、具象的身体思考(フロイトが「自体愛」と考えた段階)、つづいて、投影同一化とスプリッティングが優勢な思考の段階(「自体愛」段階)、すなわちクラインの概念化に従えば妄想−分裂態勢の思考です。そして、抑うつ状態における、自己と対象が充分に分離して互いの心的空間の区別がついて初めて可能になる象徴的な思考です(「対象愛」の段階)。思考、つまり心の成熟というものは、原始的・具象的なとり入れ同一化と投影同一化が愛情欲動を推進力として象徴化されていくプロセスと言えるでしょう。抑うつ状態ではこの過程も停滞しているのです。

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